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RYUJU'S CAFE
脚本家・龍樹のオフィシャルHP
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Manhattan

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イエロウに塗られた、キャビン・フォワードのマーキュリー。
環境のためとはいえ、見慣れたキャブの風景がもうすぐ
New Yorkから姿を消してしまう。
それは、少し淋しいことでもある。


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NEW YORK : MODERN ARTS

IMG_0088.PNG Franz Kline : Paiting

IMG_0090.PNG Robert Motherwell : Elegy to the Spanish Republic, 54

IMG_0086.PNG Jackson Pollock : Number 1A, 1948

IMG_0076.PNG Willem de kooning : Paiting 1948

IMG_0078.PNG Jackson Pollock : The she-Wolf 1943

Program Guide『クルマのふたり TOKYO DRIVE STORIES』

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BS12ch TwellV初のオリジナル連続ドラマ、
『クルマのふたり~TOKYO DRIVE STORIES』。
各話毎に異なるシチュエーションのストーリーを描く、「車中で巻き起こる人間模様」をテーマにした1話完結の物語。
第1話演出は、写真家の操上和美氏。1話完結のオムニバス形式、全10話です。



宇崎竜童さん、西岡徳馬さん、操上和美監督と

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TMCにて、第一話主演の宇崎竜童さん、西岡徳馬さん、そして、操上和美監督と。
 一話毎に出演者も趣向も全く異なる、『クルマのふたり~
TOKYO DRIVE STORIES
 操上監督演出による第一話放送は、10月22日(土)午後8時より。  
 どうぞご期待下さい。

 
http://www.twellv.co.jp/event/tds/index.html

軍艦島「JAPAN HERITAGE」ロケハン

前項に続き、これも「JAPAN HERITAGE」のロケハンにて。
安易な感動を拒む、日本近代遺産の中でも異質な存在。

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オランダ坂の猫たち

JAPAN HERITAGE」のロケハン、長崎にて。
 オランダ坂の近くで、猫の一家と遭遇。当然のようにここで一息入れて、猫と遊ぶことにする。この猫の一家は、別の日もこの辺りで、のんびりとひなたぼっこをしていた。羨ましい限りと言いたいところだけど、猫さんには猫さんのサバイバルというものがあるので、迂闊なことは言えない。
 この猫の一家は、けっこう人なつっこい。僕らがそこに居る限り、この猫たちも僕らに構ってくれる。よしよし。


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Château de Chambord | LA LOIRE

「THE世界遺産」構成の下見で、パリからロワールへ。
 ロワール川の流域に残る古城の中で、最大の威容を誇る、シャンボール城。その広大な敷地の広さは、やや強引な表現だが、パリ市内の大部分と肩を並べる広さとも言われる。往時の王権の強大さを偲ばせる。
 ビザンチン、ゴシック・・・様々な建築様式が入り乱れ、独特の城観をみせるシャンボール城。このロワール最大の城の建築には、ルネサンス期を代表する偉大なる芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチが関わったとされる。


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Château de Chenonceau | LA LOIRE

パリから再びロワールヘ  
ここは、ロワール川の支流に跨がって聳える白亜の城、シュノンソー城。
この城は、代々の城主が女性であった為、6人の女の城と呼ばれている。


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 またこの城は、貴婦人達が、その所有権を巡って愛憎劇を繰り広げた場所でもある。中でも一番の確執劇として後世に語り継がれているのが、ディアーヌ・ド・ポワチエとカトリーヌ・ド・メディシスの確執。時の国王、アンリ2世の妻と、その愛人だ。イタリアの名家、メディチ家に生まれたカトリーヌ・ド・メディシスは、イタリアとの外交を重視していた当時のフランス王国の政略を背景に、フランソワ一世の後押しを受け、アンリ2世と結婚する。そのとき、カトリーヌは一四歳に過ぎないが、当時としては特異といえる年齢ではない。 カトリーヌ・ド・メディシスは、芸術への造詣と理解が深く、彼女がイタリアからもたらした食文化が、現在のフランス料理の原型を造ったと言われている。彼女は、王国の文化面に多大な影響を及ぼした貢献者だった。

でも、アンリ2世がシュノンソー城を贈った相手は、妻のカトリーヌではなく、絶世の美女と謳われた二〇歳年上の愛人、ディアーヌ・ド・ポワチエだった。アンリ2世は、事実上、政略結婚の相手だった妻、カトリーヌには関心を示さず、政治的な影響力を持つ事すら許さなかった。アンリ2世の寵愛は、愛人であるディアーヌ・ド・ポワチエへ向かって一心に注がれる。ディアーヌは、アンリ2世の父、フランソワ一世の愛人でもあったが、幼少期のアンリ2世にとって、ディアーヌの姿は、宮廷を自由に出入りする、優雅で洗練された貴婦人として、その記憶に刻まれていた。  年齢を感じさせない美貌とその知性に、やがてアンリ2世は虜になる。アンリ2世は、異例とも言える爵位すら彼女に付与し、ディアーヌは宮廷での影響力を強めていく。カトリーヌはそんなディアーヌに、狂おしいほどの嫉妬を抱いていく。

 優勢の愛人、劣勢の妻。すべてを変える逆転劇を生んだのは、国王アンリ2世の死だった。カトリーヌは、王の寵愛という後ろ盾を失ったディアーヌを直ちに追放し、かねてからの望みだったシュノンソー城を奪い返す。その際、カトリーヌは王が贈ったすべての物品の変換を、ディアーヌに迫ったという。 宮廷を追放された失意のディアーヌは、自らの領地に隠棲し、その地でひっそりと生涯を閉じた。

PARIS | Opera, St.Michael

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    PARIS | Rives de la Seine

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    Hemingway | A Moveable Feast

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     もしも、幸運なことに  
     若き日を、パリで過ごすことができたなら、
     その後の人生をいかなる場所で過ごそうとも、パリはついてまわる。   
     なぜならば、パリは移動祝祭日だから、だ。

     これは、ヘミングウェイの記した「移動祝祭日」における、有名な序文だ。
    「移動祝祭日」は、1921年から1926年にかけてヘミングウェイがパリで過ごした日々の思い出が綴られている書で、僕は当時、これを二十歳の時に読み、青年期にありがちな夢想を繰り広げ、しばらくすると旅の用意を調え出し、やがて、導かれるようにしてパリへ向かった。そして、その通りになった。あの序文の言葉通りに。当時大学生だった僕は、理工学部に属していたのだが、仏文科に転部して、親を悩ませることになる。この言葉を読んでいなかったら、僕は理工学部をそのまま卒業し、エンジニアになっていたかもしれない(そんな才能があればの話だけども)。そういった意味においては、僕の人生においてひとつの転機となった言葉ではある。

     タイトルの「移動祝祭日」という言葉は日本人としては馴染みにくいが、要するに年ごとに日付の変動する祝日ということである。ヨーロッパでは聖人にちなんだ祝日が多いので、わりにこういった祝日が多い。祝うべきことが先立ち、決まりごと=日付は、その後を追いかける。ともかく、ヘミングウェイはパリで過ごした日々について、人生における祝祭日のようなものと考えたわけだ。かれがパリで青春期を過ごした20年代は、パリの至るところで新しい芸術が生まれようとする息吹があり、それはもう刺激的な街だった。かれの傍にはゼルダとの関係に悩むフィッツジェラルドがあり、スタイン、パウンド、ジョイスらが居た。カフェに腰を据えるかれのそばには、つねに何杯目かのコーヒーか、或いはカラフェの安ワインがあった。寒い日にそれは、生のオー・ド・ヴィか、あるいは温かなヴァン・ショーにとって変わられる。かれはそれを飲み、思索に耽り、将来を案じ、そして、ただひたすら書いた。それが青春期のヘミングウェイだ。かれはひとりカフェに居て、ときどき美しい女に出逢う。そんなある日の記述がなかなか良いので、ここにちょっとだけ抜粋したい。

     一人の若い女性が店に入ってきて、窓際の席に腰を下ろした。とてもきれいな娘で、もし雨に洗われた、なめらかな肌の肉体からコインを鋳造できるものなら、まさしく鋳造したてのコインのような、若々しい顔立ちをしていた。髪は烏の羽のように黒く、顔にナナメにかかるようにきりっとカットされていた。 ひと目彼女を見て気持が乱れ、平静ではいられなくなった。いま書いている短編でも、どの作品でもいい、彼女を登場させたいと思った。しかし彼女は外の街路と入口双方に目を配れるようなテーブルを選んで腰を下ろした。きっとだれかを待っているのだろう。で、私は書きつづけた。 ストーリーは勝手にどんどん進展していく。それについていくのがひと苦労だった。セント・ジェームズをもう一杯注文した。顔を上げるたびに、その娘に目を注いだ。鉛筆削り器で鉛筆を削るついでに見たときは、削り屑がくるくると輪になってグラスの下の皿に落ちた。  ぼくはきみに出会ったんだ、美しい娘よ。きみがだれを待っていようと、これっきり二度と会えなかろうと、いまのきみはぼくのものだ、と私は思った。きみはぼくのものだし、パリのすべてがぼくのものだ。そしてぼくを独り占めしているのは、このノートと鉛筆だ。 それからまた私は書きはじめ、脇目もふらずストーリーに没入した。いまはストーリーが勝手に進むのではなく、私がそれを書いていた。(高見浩 訳/新潮文庫)

     たしかにこれは、一人の若い女性について書かれた記述ではあるけれど、かの女にたいする思いは、かれのパリに対する思いでもある。きみがだれを待っていようと、これっきり二度と会えなかろうと、いまのきみはぼくのものだ。そして、パリでの日々はかれの肉体の一部になった。それからかれがどこへ行こうとも、パリはかれの中に棲み続け、かれの心を捉え続けた。それはたしかに、「移動祝祭日」だった。決して長かったとは言えないかれの、人生の中の青春期を彩った、祝祭だった。

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     そして、いまのぼくも、パリのカフェに居る。サン・ミッシェル広場の近くの、こぢんまりとしたカフェだ。時刻は午後の九時を回ろうとしているが、7月のパリは、夕刻手前のように明るい。だから、まだ夜ではない。観光客があちこちへカメラを向け、老婦人が手慣れた感じでその間を縫って歩いている。かの女はバゲットと、野菜を詰め込んだ袋を抱えている。広場では、若い男がよくわからないパフォーマンスをしている。民族楽器のようにも見える変わった太鼓を持っているが、かれはそれを叩くことはない。ただ、呪詛のようにひたすら言葉を吐き続けている。即興詩人なのかもしれない。やや斜めに置かれた隣の席では、モデルのように綺麗な女性が、細いタバコを咥え、火を点けようとしている。たが、なかなかライターの火が点かない。すかさず、近くに居たウェイターが手で風よけを作ってやる。かの女は礼を言うかわりに、とっておきのスマイルをかれに差し向ける。微風のおかげで、かれは得がたいものを得る。やがて22時になる。だがまだ日は暮れない。この長い昼を味わうがために、夏のパリには訪れる価値がある。肌を灼き、さんさんと照りつけ、茹だるような暑さをもたらす夏の陽と、きんきんと冷やされたカラフェの中の白いワイン。少なくとも、ここには他のどの場所にもない時間の流れ方がある。パリにやってくるのは数年ぶりだったけど、昔を思い出して、いちいち感傷に浸ったりはしない。パリはあのときと変わらない。ブックマークを挟んでおいた小説を再びめくるように、なんの留保も澱みもなく、以前とかわりなく物語は進む。ぼくは抗うこともなく、その自然な流れの中に身を置いている。思索に耽ることもなく、以前も座ったことのあるこのカフェで。ぼくはただ、ぼぅっとしている。
     あの「移動祝祭日」は、ヘミングウェイが無名時代の日々を記したものだ。それが書かれてから、もう100年にも迫るときが流れている。しかし、その輝きはいまも失われていない。かれの文体も、パリの描写も。

     パリには決して終わりがなく、そこで暮らした人の思い出は、それぞれに、他のどの思い出ともちがう。私たちがだれであろうと、パリがどう変わろうと、そこにたどり着くのがどんなに難しかろうと、もしくは容易だろうと、私たちはいつもパリに帰った。パリは常にそれに値する街だったし、こちらが何をそこにもたらそうとも、必ずそれを見返りに与えてくれた。が、ともかくこれが、その昔、私たちがごく貧しく、ごく幸せだった頃のパリの物語である。(同じく、高見浩 訳/新潮文庫)


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    パリのクルマ事情

     パリの縦列駐車は、ローマのそれと並んで、ちょっとした観光名物だ。クルマの全長より、ホンの僅かでも余白のあるスペースを見つけたら、このときばかりに、ねじ込もうとするクルマをあちこちで見かける。中世の街並みが、いまもそのまま都市として現存するこの街では、当然のこととして碌々パーキングスペースなんてない。だからパリを往来するドライバーは、老若男女問わず、縦列駐車に関しての一家言を持つ事になる。


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     パリの縦列駐車は、ローマのそれと並んで、ちょっとした観光名物だ。クルマの全長より、ホンの僅かでも余白のあるスペースを見つけたら、このときばかりに、ねじ込もうとするクルマをあちこちで見かける。中世の街並みが、いまもそのまま都市として現存するこの街では、当然のこととして碌々パーキングスペースなんてない。だからパリを往来するドライバーは、老若男女問わず、縦列駐車に関しての一家言を持つ事になる。

     前後のバンパーをコツンコツンと当てながら、パズルみたいにスペースを埋めていくやり方はある程度共通するとして、最初のハンドルの切り返しにそれぞれの流儀が出る。ノーズから切り込むか、はたまた、バックでテールから切り込むか。ほとんどのドライバー達は、それぞれ縦列駐車に自信を持っているから、駐車に手間取るドライバーに対して容赦をしない。行く先を塞ぐクルマが一向にスペースに収まる気配がなければ、クラクションを鳴らすかわざわざ窓を開けて罵声を浴びせる(それも、『お前はおとなしくリンゴでも剥いてろ(*注)』みたいに、良く分からない罵り方をする)。達人クラスになると、バンパーが触れるか、触れないかくらいの微妙な間を保って、スルリと滑らかな操作で入れてしまう。こういうのは見ていても楽しい。カフェでのんびり一杯やっていると、たまに目の前で、師範代と呼びたいくらいの縦列駐車を見かける。こんなときは思わず拍手を送ってしまう。すると、だいたいのドライバーはウィンクか何かを返してくれる。これもまた、老若男女問わず。

     こういうときのパリは、ちょっといいなと思う。縦列駐車みたいな日常の些事に、物語が膨らんでいく素地がある。これが東京だと、いくら上手く縦列駐車しても、せいぜい駐車監視員から「ちゃんと300円入れろ」と視線で念を送られるくらいだものね。もちろん、東京には東京の良いところが、沢山あるけれども。

    *注
     この罵りは、今回の滞在で聞いたもの。モンマルトルに向かう途中のタクシーの中で。そこまでニコやかに話していた柔和なおじさんが、いきなり血走った顔で窓を開けて怒鳴るんだから、あれにはびっくりしたな。

    ロワールからパリへ

     前項のロワールヘのシナハンがてら、空いた日程で久しぶりにパリに寄る。今回のシナハンは自主的なものなので、日程にはわりに余裕がある。余裕があるとなると、概ねやることは決まってくる。折角フランスに来たんだもの。こちらに居る旧友にも会いたいし、ちょっとくらいはカフェでワインも飲みたい。ひたすらじりじりと照りつける太陽があり、いつまでも日の暮れない、うんと昼の長い、夏のパリ。街頭のカフェで日暮れを気にせず、ひたすらぼうっと無為に過ごす時間は他には代え難い。
     という訳で、以降、ちょっとだけパリの話が続きます。


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    LA LOIRE | Tours, Blois

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    FRANCE | LA LOIRE

    番組のシナハンで(正確には構成ハンティング)、フランス・ロワール地方へ。ロワール川は、全長1000キロメートルにも及ぶフランス最大の大河で、河口は大西洋に臨む。このとき僕が向かっていたのは、この川の中ほどの流域「シュリー・シュル・ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」と呼ばれるエリア。数々の歴史的な古城が建ち並ぶことから、世界遺産に指定されている。ここには、かつて王たちが美の粋を競った、ルネサンス時代の宮殿が綺羅星のごとく点在する。


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    Doha | International Airport

     これは或る日のドーハ空港の風景。免税店に、Porsche Panamera や、BMW Z4といった高級車が並べられている。別の日にはメルセデスのSLSまでも。うーん。


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    韓国へ

     舞台打合せのため、早朝から韓国へ。
     これから、ある女優に会うことになっている。非常に楽しみ。


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    高松へ「JAPAN HERITAGE」シナハン

    「JAPAN HERITAGE」のシナハンで高松へ。
     通常とは違う飛行ルート、というアナウンスがあり、窓の外を覗いてみる。 眼下にあったのは、うっすら雲を湛えた日本アルプス。

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    J-WAVE 81.3FM「100万人のキャンドルナイト」@増上寺

    カウントダウン後、東京タワーの照明が落ちて、増上寺の本堂は無数のキャンドルの灯りによってとても幽玄な雰囲気へと変わった。
    仄暗い灯りの中で、絶品のSalyu、birdのライブ、冨永愛の朗読が行なわれる。難しいことは考えず、ただ感じるがままに聴き入れば、言葉では表しがたい感触に包まれる。
    キャンドルの灯りは、その場所に立つ人々になんらかのインスピレーションを与えてくれた。

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    Jean-Paul Gaultier | Paris Fall Winter 2011


    決して「Gaultier贔屓」という訳ではないのだが、最近の彼のショーは一頭地抜けて面白い。
    ランウェイを躍るのは、「年相応のエレガンス」。どうやらゴルティエは、マダムが小娘のファッションに倣う近年の風潮に疑問を抱いているようだ。

    一方でコレクションそのものよりも、コンセプトの方が立っているとも感じた。それでは本末転倒、そう云われればそれまでだが、少なくともかれのクリエイションは、見る者の記憶に手跡を遺す。

    政局という徒労 | How long can Kan remain prime minister?

    How long can Kan remain prime minister? - Asahi.com (Jun 5, 2011)

     物語が生まれるベースの感情の一つに「怒り」がある。「怒り」はとてもネガティブな感情だが、既存の価値を転換するモチベーションを生んだり、固定された体系を打ち破るエネルギーを生んだりする。
     しかし、現政府の政局を巡るニュースには「怒り」を通り越して、「徒労」しか感じない。「徒労」という感情は、ある種の空しさから生まれる。数年の間、いったい何人の首相が任期半ばを前に交代しただろうか。外部からの視点、集団の外側から見たら、この動きがどんなに異様な光景に映るか。この騒動の渦中にあるかれらはそういった検証機能を失っているように思える。時間と資源、コストは有限なので、あきらかな最優先事項のことを考えて欲しい。復興関連法案を速やかに通すこと、ひとつでも多くの仮設住宅を設置すること、真夏までに衛生状況の改善を図ること(打ち上げられた魚など、現地は兎に角悪臭が酷い)、基本的なライフラインの回復。「危機からの復興」などと抽象的なメッセージを発するのではなく、そういった当たり前のことを、速やかに行なって欲しい。

    「BLACKSWAN」「Never Let Me Go」

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     「BLACK SWAN」、こんなにいいとは。優れた心理プロットが、ストーリー・プロットに勝る。ソリストとして、女として。内面の鬩ぎ合いが、一気呵成になだれ込む終盤にはエクスタシーすら感じる。
     「わたしを離さないで(Never Let Me Go)」、こちらも思っていた以上でした。ヘールシャムの長閑で美しい風景が、やるせなさを倍加させる。 でも、「何故逃げないのか(逃げられないのか)」という部分は、もっと丹念に描いた方が良かったのではないかと思う。自由への恐怖、自由の対価。言葉にすると陳腐だけども、そういったこと

    ニューヨーク市民の反応は?  New York Reacts to Osama bin Laden's Death

    Live Blog: New York Reacts to Osama bin Laden's Death - The NewYork Times (May 2, 2011)

     LINKは、ウサマ殺害のニュースに対するNY市民の反応。その日ルーズベルト病院で出産したばかりの女性、9.11で救助活動にあたった消防士たち、仏教徒のニューヨーカー、グランドゼロで喪に服す人々、ブルックリン近隣のイスラム教徒・・・それぞれが抱える複雑な思いがレポートされている。

     こういったニュースを耳にするたび、思い返す言葉がある。
     それは、ガンジーが遺した次の言葉だ。

    「宗教というものは、なのです。世界を見つめる、
     なぜ、右目が左目より優れていることがありましょうか。
     両目を通じて世界を見つめれば良いのです」
            ―――Mohandas Karamchand Gandhi

    Sofia Coppola's SOMEWHERE

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     Sofia Coppola's SOMEWHERE Trailer HD - YOU TUBE

     つい二度観てしまった。退廃的な生活を送る疲れた俳優が、離れて暮らしていた娘と束の間の日々を共にし、自らが置き去りにしてきたものを見出す、というシンプルなストーリーだが、物語性を超えた力がある。 

    京都の桜  大覚寺、円山公園、平安神宮


    京都の桜は、見る者にひとつの「病み」を遺す。 その病みは親しい者との別れにも似ている。名残惜しくて、去り難い。

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    京都府庁旧本館

     現在も執務室や会議室として使われている京都府庁旧本館。
     その竣工は明治三十七年。西暦でいえば、1904年。日本の激動期にあって、その真っ直中に建てられたこの建物は、すでに百年以上もの時を刻む。

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    食の色彩

     京の料理は目にも楽しい。水際立つ色彩がある。

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    ・もち料理「きた村」
     京都市下京区木屋町仏光寺上ル
     http://www.kyoto-yuka.com/simokiya/kitamura.html

    京都:鴨川、伏見、十石舟

     東京にいる限り、変動し続けるあらゆる価値観へ応じなければいけない。
     食文化にアート、建築やファッション。日常の中にあらゆる国々の文化が入り乱れ、そして流行り廃りを繰り返している街では、価値観は固定せず、流動的だ。
    そういった意味において、京都は東京と対をなす。千年単位の歴史観が感じさせるのだ。動き続けているものなど、所詮水面の出来事に若かないのかと。

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    京都:西陣、京町家、二年坂

     京都ではあらゆるものが―――人々の話し方、時の流れ方が―――ゆったりと感じられる。
     それは、他のどの場所に存在しない時間の流れ方だ。

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    京都:嵐山、伏見、清水

     翌々週の撮影を控えて、ロケーション・ハンティングへ。
     これから咲き誇ることになる桜、そして人々をじっと待つ。

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    多くの方々の無事を祈ります

    3月11日、我々は国内観測史上最大の巨大地震に遭遇しました。
    私も未だ連絡のつかない友人が在り、ただその無事を祈るばかりです。
    個人として私が出来ることは限られています。しかし、やれることをやっていこうと思っています。
    被災地におかれては、安否不明の方々が未だ大勢であります。
    多くの方々の無事を祈ります。

    Jean Paul Gaultier | Haut Couture paris Spring Summer 2011



     ジャン=ポール・ゴルチエのパリHC、2011SS。久々に心動かされたコレクション。ゴルチェのとてもいい部分が発揮されている。ロックで、クールで、はすっぱで、セクシー。どこにも媚びなんかない。80'Sのエッジを感じるが、あくまで将来を見せている。ショー演出もユニーク。音楽を使用せず、各クローズの特徴を淡々と語る朗読だけがバックグランド。しかも、その朗読はカトリーヌ・ドヌーヴ。

    EXHIBITION「女流クリエイター博覧会」| CLASKA 8th Gallery

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    1.27-30 EXHIBITION「女流クリエイター博覧会」| CLASKA
    新プロフェッショナル宣言!「女流クリエイター博覧会」開催 | Web Magazine OPENERS - ARTTokyo Tips

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    127日(木)からCLASKAThe 8th Gallery」にて、いま日本で注目されるフォトグラファー12人+イラストレーター26=38人の女性クリエイター作品を一挙公開する「女流クリエイター博覧会」が開催されます。展示されるのは、彼女たちによるフォットグラフ、イラストレーション、立体アートやiPhoneアプリ、テーブルウェアとのコラボ作品など150点です。
    上の写真は、27日(木)に開かれたOPイベントのものです。お察し頂ける通り、とても楽しかったわけです。何しろ、ゲストとアート、そしてアーティスト自身がとても近い距離にある。インプレッションは生き物ですから鮮度があります。たとえ賛辞であっても時間を置いて伝えると何だか批評めいて伝わることがあります(これはほんとうに難しい)。生きたまま、いま感じたままの雑感を吐き出し、生の感覚を伝え合う。それは整ったコトバの称賛などよりも心の接近を得る好機となるようです。
    「女流クリエイター博覧会」の公開は130日(日)までです。是非お見逃しなく。